変わる世界と、変わらぬ想い

マスクが嫌いだ。

周囲の空気と比べて生暖かい自分の呼気がマスク内にずっと貯留する、あの感じが好きではない。またマスクを着けるという行為が、手術室に入る時、もしくは感染危険の可能性がある患者を問診・触診するような状況を想起させる。“仕事”(まだ働いているわけではないが・・・)の象徴のようなものだ。
体調が悪く、快復しきっていない人、花粉症・アレルギー持ちの人、単に顔を隠したいだけの人。これまでマスクを着けている人の印象といえばこんな感じだ。あとはインフルエンザが流行るような時期に感染予防の意識が高い、心配性なおばちゃん・高齢者がする、くらいだろうか。

今やマスクをしている人しかいない。今日車を20分ほど走らせ、“街”へ食事しにいった。一応補足しておくが、“街”とは県内で最も栄えている地域を指す。地方で最も華やかな県庁所在地、その中でも最も賑やかな場所である。
マスクをしていない人が見当たらない。車ですれ違う人も、“街”についてから歩きに切り替えてからすれ違う人も、全員がマスクを着用している。
マスクの着用をお願いします”、“ソーシャルディスタンスを保ちましょう”、と大きめの看板が商業施設の入り口に立てられている。
1年ほど前に出来た“食”を中心とした商業施設には何故か“あなたの代わりにマスク、買ってきました!”と謳い文句が掲げられたマスク専門店なるものが出来ていた。
アーケード街の飲食店はテイクアウトの弁当を販売している。弁当の横には“自家製布マスク”が並んで販売されていた。

帰ってから県のホームページを覗いてみると、“新しい生活様式”の実践に取り組め、と知事の言葉が書いてあった。どうも厚生労働省から“新しい生活様式”が公表されたようだ。内容はともかく、“新しい”生活様式とは。今までの生活は“旧い”ものになってしまったのだろうか。Before Christみたいなもんか?

米国でエイズが蔓延してから普遍予防策という考えが生まれ、それを更に発展させた標準予防策、感染経路別予防策が医療現場では基本となっているらしいが、今回の騒ぎが契機で同じ様な考えが人類全体の基本となっていく時が来たのだろうか。
それとも数年もすれば、そんなこともあったねえ・・・と“旧い”生活様式に戻ってしまうのか。
あるいは、空気感染する感染症の新種、新型結核やら超水疱瘡みたいなものが出てきて、N95マスクを街中の人間がつけて生活するような更に“新しい”時代がやってくるのだろうか。
だとしたら嫌だな、N95マスクをつけて日常生活なんかとてもじゃないが出来る気がしない。
Zoom飲みとかもやりたくないな。僕は人の目を見て話すのが正直得意じゃないので、全員がPCのディスプレイ側、カメラ側を見ることになりそうなZoom飲みをされたら画面の皆がこっちをまっすぐ見てきている状況に耐えられそうもない。

どう世界が変わっていくかはわからないが、マスクをすることが当然、という世界にはなってほしくないな。
マスクが嫌いという想いは変わりそうもないが、外出する時はマスクつけてます。コロナウイルス感染そのものよりも、それを取り巻く社会的な反応の方が怖いよ。そのうちマスク付けてなかったら“青き清浄なる世界の為に!”ってマスク警察に襲われる世界になってもおかしくないんじゃないか。