俺 VS ICE BOX

夜は随分涼しくなってきたな、と感じる今日この頃。
夏も終わりを迎え、近場のスーパーから“奴”が消えてしまった。
ICE BOXである。

俺が思うに、この商品の売り時は夏。アイスなんだから当たり前だ。
だが冬にもアイスの居場所は存在する。冬場に暖房をガンガンに効かせた部屋、もしくはこたつで温もりつつ食べる、そんな楽しみ方が存在するのは御存知の通りだろう。

しかし、冬場のアイスとして奴はあまり相応しくないように思える。そのようなシチュエーションで食するならば、もっと適任の選手がいるような気がしてならない。もう少し甘味に寄せたものが良いんじゃないか。
俺が選ぶなら…そうだな、“あずきバー”なんてどうだろう?
“あずきバー”は硬すぎる?そんな軟弱者には“やわもち”くらいが丁度良いか。

とにかくだ、夏が終わればコイツの需要はグッと下がるだろう。贔屓している俺でも、そこは認めねばならない。
俺の記憶の範疇だが、夏場に奴を置いているコンビニ、スーパーは数あれど、冬場にもずっと置いている売り場というものは貴重だ。
そして、その貴重な売り場の一つが、俺の家から最寄りのイオンだったわけだ。

そこでは、いつも変わらない佇まいで奴はアイスコーナーの一角に鎮座していた。
俺のようなフリークが利用者の中に多数いたのか、あるいは仕入れ担当がフリークだったのか。
真実はわからないが、10年近く利用していた中で奴を一度に数個~10個単位でカゴに取る、俺のような人間を見たことがない。というか他の人間が買おうとしてる光景すら殆ど見たことがなかった。
「ママー!アイス買っていい?」というおねだりは何度も見たことがある。
しかし「ママー!アイス買っていい?私はやっぱりICE BOX」という光景は一度も見たことがない。
なので俺一人が売上を支えていたという可能性は―いや、俺はそこまで自意識過剰な人間ではない。
やはり仕入れ担当がフリークだったか、あるいは思考停止していたのか。そう考えるのが自然か。

しかし、変わらないものはない。
といっても、今回変わったのは奴でも売り場でもない―俺、だった。
引っ越しをしたのだ。“街”に。
東京都で言えば―どこになるんだ?新宿区?中央区?千代田区?
どこが一番栄えている、中心地なのかわからない。やっぱり東京はクソだな。
ともかく、このクソみたいな田舎の中では最も綺羅びやかな地域―“街”だ。

メインの生活圏が変わったことで、俺の買い物先も変わらざるを得なかった。
そして流石は“街”というべきか、徒歩数分圏内に妙に品揃えが良いスーパーがあった。
イオンでは淘汰されたパクチーがある。
ハン、コイツは “成城石井” のコーナーじゃねえか…
空芯菜を置いてるスーパーなんて、あたしゃ初めてお目にかかれたよ(さくらももこ風)。

当然、そのスーパーにも何食わぬ顔で奴は鎮座していた。
流石は、天下のICE BOXだ。

しかし。
夏の終わり、売り場から奴が消えた。

ここは“街”。このクソッタレな田舎の中で最も綺羅びやかな都会。人々の欲望渦巻く魔都。
そこに存在するのは当然、冷徹なまでの資本主義。温かみなど、皆無。
俺は奴を失った。

さて、どうするべきか。
女の敵は…女。
ガンダムの敵はガンダム。
やはり、資本主義には資本主義で対抗するのが相応しい。
プラットフォームを掌握している資本主義の走狗、GAFAの一角たるAmazonだ。

スーパーと比較して単価が高い。およそ1.5倍、下手すると2倍近い値段の差があるが、致し方ない。
それなりに嵩張るものを玄関まで配達してくれる、利便性とのトレードオフと考えれば、悪くない。
何より、そもそもスーパーには売っていない。
夏場を過ぎれば、スペースの無駄。そう判断されたからこそ、俺は他の手段を取らざるを得なかったのだ。
俺は初めてAmazonでアイスを購入した。

数日後。
若い女性の宅配業者が奴を運んできた。
この10年近く、男の宅配業者しか見ていなかったが、ここでは女性の社会進出が成されているのだ。
ジェンダーの面でも先を行っているのだろう。流石は“街”だ。
銀色に煌く保冷バッグから奴が姿を見せた。早速冷凍庫に入れていく。

翌日、風呂上がりに奴と対面する。
ヴェールを脱いだ奴は、変わり果てた姿でそこにいた。

それは ICE BOXと言うには あまりにも大きすぎた
大きく 分厚く 重く そして 大雑把すぎた
それは 正に 氷塊だった

長旅を経て、俺の元に届くまでに修行を積んだのだろう。
これがお前の本気の姿、最強戦闘形態マックスバトルフォームというわけか。
ROCK YOU WITH と普段と何も変わらないパッケージからも“圧”を感じる。
俺も本気で向き合う必要があるな。

パッケージの下部を握る。
しかし、下部は空洞になっていた。容易く潰れたが、それだけだった。
意を決して、本体の下半身を握りしめる。冷たい。
奴の躰が徐々にせり上がり―その全容を明らかにする。
攻略すべきは、まず上部だ。最も巨大、最も防御が厚い箇所。
それ故に、ここを抜けば―この闘いに負けはない。

歯を立てる。しかし、硬い。一筋縄ではいかない。
奴が砕けるのが先か、俺が砕けるのが先か。
普段ならば、ゲームをしながら。読書しながら。アニメを見ながら。数粒ずつ、つまむ。
片手間に相手出来ていたが、今はそれだけに集中しなければ。
どちらが先に相手を征服するのか―

ただ無心で、口を開く、噛む。硬い。通らない。
再び噛む。まだ堅い。崩れない。
更に噛む。奴の護りが僅かに綻ぶ。
この機を逃すな。追撃。奴の巨体の極一部を削り取っていく。噛砕ごうさい
一度でも崩してしまえば、後は此方の物。
勝鬨だ!勝鬨を上げろ!これより敵残党・・狩りを開始する!
躰を打ち抜く。貫く切歯、再び噛砕。
噛砕、噛砕、更に噛砕―

幾度かの応酬を経て、奴の姿は完全に失くなった。
good game.

しかし、まだ戦いは終わっていない。
俺が40本先取するか。奴が1本取るか。
一度の負けも逃げも許されない、これが王者の宿命か…
戦いはまだ、始まったばかりなのだ。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

目次